学校沿革・創立者

学校沿革

昭和23年

3月 学制改革により、予科を改編
新制高等学校:紅陵高等学校として設立許可

4月 紅陵大学高等学校(共学)を小平市花小金井に開校

昭和25年

4月 正明中・高等学校を吸収合併し、紅陵大学正明中学校・紅陵大学正明高等学校と改称

昭和36年

8月 拓殖大学第一高等学校と改称(認可)

昭和57年

7月 海外語学研修(カナダ)開始

昭和62年

4月 普通科理外コース設置

昭和63年

3月 中国修学旅行開始

平成10年

10月 創立50周年記念式典挙行

平成13年

7月 海外語学研修(ニュージーランド)開始

平成14年〜15年

「豊かな体験活動」推進事業指定校:文部科学省

平成16年

4月 武蔵村山市玉川上水に新校舎完成・移転
普通科特進コース設置(理外コース募集停止)

5月 新校舎竣工式

平成17年

3月 オーストラリア修学旅行開始

平成20年

10月 創立60周年記念式典挙行

平成23年

3月 コース選択型修学旅行開始

4月~ 長期交換留学(ニュージーランド)開始

平成25年

4月 玉川上水移転10周年記念講座開催

平成28年

7月~ ターム留学(オーストラリア)開始

平成29年

3月 人工芝グラウンド完成

平成30年

創立70周年

創立者

拓殖大学創立者 桂太郎

 弘化4年萩生まれ。長州藩士として幕末緒戦に参加。維新後、ベルリンに留学し、プロシアの兵制を学ぶ。山県有朋や大山巌を輔けて軍制の改革を図り、参謀本部の独立、鎮台の師団改編等を行い、明治陸軍建設に大きな役割を果たす。その後、陸軍大将に累進し、第二代台湾総督、陸相の後、明治34年初めて組閣の大命を拝し、第一次桂内閣首相として翌年日英同盟を締結。さらに同37年、日露戦争では戦勝に導き、戦争の終結を深謀。外相小村寿太郎を全権として講和条約を結ばせた功績は非常に著しい。明治33年(1900年)、台湾協会会頭として台湾協会学校(現拓殖大学)を創立して初代校長に就任、以後12年問にわたり拓殖大学の基礎をつくる。